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─38─ 祈り

Author: 内藤晴人
last update Huling Na-update: 2025-08-14 20:30:00

 周囲を一望できる、かつて城壁だったであろう石垣の上にシエルは立っていた。

 そう、敵の精鋭部隊に襲われているミレダ達と再会した場所だ。

 足元にはあの時彼自身やユノーが斬り伏せた死体が、今なお転がっている。

 眼下の両軍が激しくぶつかっていた平原には、敵ばかりでなく味方の遺骸が手付かずのまま何体も放置されていた。

 それらに視線をめぐらせると、シエルは目を閉じ中空に両の手をかざし、静かに祈りの言葉を唱え始める。

 独特の旋律を持つ祈りを、唄うように。

 そして、最後の一句を唱え終えた時、そこかしこから無数の光の玉が生まれ、天に向かって昇っていく。

 それを見送ったシエルは、後方に倒れ込むように腰をつき、そのまま両膝に顔をうずめ、力無くうずくまっていた。

 しかし……。

「祈りを捧げる貴方の顔には、憐れみの表情は浮かんでいませんでしたよ」

 どこからか、皮肉混じりの声が聞こえてくる。

 いつの間にかシエルの背後には、黒衣の死神がたたずんでいた。

 けれど、シエルは顔も上げずに言い返す。

「……のぞき見か。死神殿は本当に立派な趣味をお持ちだな」

 シエルの精一杯の反撃にもだがロンドベルトは痛手を受けたようでもなく、いつもの斜に構えた笑みを浮かべる。

 そのまま歩を進めシエルの横に立ち、おもむろに口を開いた。

「私は見えざるものを信じていません。が、配下の者がそれにすがろうという気持ちは、今多少なりともわかったような気がします」

 もっとも私自身は未だ信じるには至りませんが、と笑うロンドベルト。

 その時、ようやくシエルは顔を上げた。

「それより、こんな所まで何の用で?」

 まさか無駄話をするためだけに来た訳ではないだろう。

 そう言うように向けられてくる藍色の瞳に、ロンドベルトは声を立てずに笑った。

「少々おうかがいしたいことがありまして」

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